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HISTORY
Leeの歴史を詳しくご紹介します。
アメリカ大陸の真ん中に位置するカンザスでヘンリー・デヴィッド・リーが食品と生活雑貨の卸商”H.D.Lee Company”を設立する。”Lee”の現役の誕生だ。カンザスという場所柄、ダンガリーズやオーバーオールなどといったワークウェアもその取り扱い品目の一つだった。当初は東部から既製品を仕入れていたが、度重なる入荷の遅れに業を煮やしたH.D.Leeはある決意をする。ワークウェアの自社製造である。ジーンズメーカーとしての”Lee”の歴史が動き出した瞬間だ。 
1911年、ついに自社工場での本格的な生産がはじまる。高品質な8ozデニムでつくられたビブ・オーバーオール、ジャケットなどが高く評価された。またこの時期に生産開始したダンガリーズはのちの名作”Lee COWBOY”へと発展していくこととなる。1913年には”Lee Union All”を開発。これは車を整備する時に着るための作業着で、カバーオールとダンガリーズを縫い合わせたものだ。1913年にはその機能性が認められ、アメリカ陸軍のオフィシャルユニフォームとなる。 
13ozデニムを採用したカウボーイ・パンツ”Lee COWBOY”を売り出し、絶大な支持を集める。これはのちに”Lee RIDERS”となり、”101”の名で愛され続けることとなる。サドルを傷つけないように考案されたスレッドリペットやジェルトデニム、ヒッコリーストライプ・デニム、ヘリンボーンなどの新素材も立て続けに開発する。1926年には、世界で始めてのジッパーフライ・ジーンズも生み出している。有名な販促用のキャラクター”バディ・リー”が誕生したのもこの時期だ。
ウエスタン・スタイルの”101スリムジャケット”を発表。”101J”として親しまれる、この不朽の名作が生まれたのは1931年のこと。1933年には、これにインナーを付けたウィンターバージョン”ストームライダージャケット”も発売し、人気を集める。1936年には毛の付いたままの牛革に”Lee”の焼き印を押した”ヘア・オン・ハイドラベル”が誕生。西部の匂いが漂うワイルドなこのラベルは、後に”Lee RIDERS”の顔として受け継がれていくこととなる。
1944年、今までの”Lee COWBOY”というシリーズ名を、より幅広いイメージを持つ”Lee RIDERS”に変更する。この頃には西部での”Lee”の人気は不動のものとなっていた。そこで1946年に”東部に西武のロマンを伝えよう”と業界で初めて、LIFE誌に広告を掲載。名実ともにカウボーイ・ファッションのリーディングカンパニーとなる。また業界に先駆けて、レディース・ライン”Lady Lee RIDERS”を1949年にリリース。女性からも支持されるワークウェア・ブランドとなる。
1950年代には、グリースで髪を固めたアウトサイダーや、中西部の高校生などの新しい世代に支持されるようになる。いままでのワークウェアとしての機能性だけでなく、ファッションとして都会の人々の注目を集める。中でも”101”という愛称で親しまれたジーンズは俳優のジェームス・ディーンが公私ともに愛用したこともあり一躍有名になった。一方では1952年の耐久性に優れた、画期的な綾織り布”チェットパツイル”を開発。製品の品質も一段と向上していった。
1959年に発表されていた白いコットンサテン素材を使った”ウエスターナー”。このホワイトジーンズの先駆けといえるスタイリッシュなパンツを中心に”Lee”の製品が、アイビーリーガーの間でブームを巻き起こす。センター・クリーズとテーパードレッグを導入したモデルを発表し、カジュアルで都会的なテイストを前面に押し出す。1963年には”リー・ヨーロッパ”も設立し、本格的な輸出を開始。合衆国の輸出拡大に貢献したとして大統領E賞を受賞したのもこの時期だ。 
1976年、アメリカ建国200年祭にともなって、”Lee RIDERS”をはじめとする様々な”Lee”製品が日本にも紹介される。特にブーツカット・ジーンズは当時の若者の間で絶大な支持を得て、瞬く間に定番アイテムとなる。1987年にライダース・シリーズをはじめ、様々なモデルが日本企業によって復刻される。1988年には幻の対戦モデルなどのの歴史的名品を、蘇らせたスーパーリアル・ヴィンテージを発表。伝統を守りつつ最新のテクノロジーを導入し、新たな軌跡をジーンズ史に刻む。