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Lee Pipes

MUSIC:SHIGEO JD
プロデューサー ・サウンドクリエイター

作詞、作曲だけではなく、アートワークやPVのディレクションなどクリエィティブ全般をプロデュースする。
バンド活動以外でも、リミックスワークや様々なアーティストへの楽曲提供、ファッションショー、アートインスタレーション、企業CMの楽曲制作など幅広い音楽活動を展開している。

SKATER COLUMN

江川 芳文

江川 芳文

Hombre Niñoディレクター、XLARGE デザイナー。1972年、東京・世田谷生まれ。15歳よりプロスケーターとして活躍しながら、裏原ストリートカルチャーを牽引。ヘクティク、カーニバルを経て、現在に至る。老舗チーム“T19”に所属。
https://www.hombrenino.com

READ COLUMN

1990年代初め、サンフランシスコで行なわれたBack to the cityと言うスケートボードの大会に向け、San Joseにあるスケートボードパーク(San Jose Skateboard Park)にホームステイしていた。当時私は19歳、Slander Skateboardsと言うブランドのスポンサーを受けていた。その事務所がパーク内の3階にあったため、スケートボード漬けの生活を送る。ステイ初日にスネークセッションという、アメリカ的・上手い下手・プロ・アマ問わず滑りたい奴が滑るセッションへ!
とにかく入れない!滑れない!日々が…。
完全にスケートボードに対する向き合い方がプチ崩壊。
島国から来たんだけども〜、おら〜たまげた〜ンダ〜んだ〜!笑
昨今、日本では優しい若者スケーターが譲ってくれたり、順番待ちして滑れることなどSan Joseではあり得なかった。

今思えばよく独りでSan Joseに行ったものだ。

服装はと言うと、シューズはAirWalk、バギーのデニム、stussy等を着て、当時のトミーゲレロのファションを真似ていた。

この1、2年後だったと思う。サンディエゴで行なわれたスケートボード、サーフィン、スノーボードのトレードショウ(確かASRだったと思う)に、初めてT-19のボスに連れって行ってもらった。そこは自分にとって天国の様な環境で、右見ても左見ても有名なスケートボーダーしかいない状況!完全に我を忘れていた。自分で引く程の中、目の前にTG(トミーゲレロ)発見!!!気付いた時には話しかけていた。
“Sponsor me?”
アホすぎる!
当然返事は、“Who are you”となった訳だけど!笑
マジで恥ずかしかった!
この行動を後にREAL JAPAN TOURで来日したTGが覚えていて、ツアーに同行した。この事でスポンサーを受けることに!!!とてつもなく嬉しかった。

ここで振り返ってみたい。どういうスケートボードスタイルが好きだったか?ザザッと大きく、当時は三つに分けられていた。
ヴァーティカル、フリースタイル、ストリートスタイル!
自分はストリートスタイルを軸に滑っていたんだけど…ちょっと待った。文字にすると当時の日本の大会を思い出す!笑
クリスチャン・ホソイのメソッドエアーが好き。スコット・オスターのスタイリッシュな乗り方、ナタス・カウパスのオーリー、マーク・ゴンザレスのハンドレール、エリック・ドレッセンのサラダグラインド、良いとこ取りの、何でも何処でも滑れるスケートボーダーを目指していた。今で言う、レーベン・ターシー。

今振り返ると、90年〜95年のこの期間に大きく心動かされたスケートボード。

自分はこの間の94年にセレクトショップ“HECTIC”をオープンして、また違ったアメリカを、月2回というペースで買い付けの日々で…

今回の話は終わりにしよう。

30年前のお話にお付き合いいただき、ありがとうございます。

今も昔も大切なのは行動する事、滑る仲間なんだと…

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